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カルテット第7話

過去の回想だった衝撃の第6話の続きで、巻夫妻(宮藤官九郎松たか子)の時間が現在にもどり、さらに一年間止まっていた夫婦の時間が動き始める。しかも再起動後の最初の共同作業は死体(実はピンピンしている有朱(吉岡里帆))を一緒に捨てに行くという展開だ。

印象深いのは真紀(松たか子)の変わらない幹生(宮藤官九郎)への想いだ。突然出くわした旦那に対して、ちょっと離れた瞬間に、ふっと鏡をみては髪を整え口紅をいれる。さらには殺人をしたとしている夫の逃亡を促し率先してついていこうとする。「つまんない私の人生などどうでもいい」という言葉の通り、幹生によって人生が充実した様子がわかる。最後シーンですずめ(満島ひかり)に話したように真紀にとっての幹生「つまらないものを面白いっていう面白い人」だったのだ。ちなみにこの言い回しは第1話の「はっきりしない人にははっきりしない、はっきりとした理由がある」に通ずるものがある。

 

第6話で残酷までにすれ違っていた2人の関係だが、こうした真紀の一途さを受け止められない幹生にだけ原因があるようには描かれていないのがカルテットの絶妙なバランス感覚といえる。久しぶりに2人の家に戻り、食事をする。幹生が話をしようとする瞬間に柚子胡椒をとりに台所に向かい、ワインをすすめる。1年ぶりに最愛の人に出会えた真紀だがマイペースなズレを修正できない。(幹生もから揚げレモン問題のように自分の意見を主張できない)。ああ、やっぱりズレてしまう夫婦なんだな、と視聴者にみせてからの、離婚届の提出(&出頭)である。

さらに注目すべきは真紀をすずめが別荘に帰らそうするシーン。第3話の蕎麦屋のシーンがよみがえる。同じシャンプーの匂いが弱いきずなの家族を打ち破らせた第3話だったが、今回はそのシャンプーの匂いでも夫への強い想いに勝つことができなかった。「抱かれたいの」という一言ですずめを諦めさせた、真紀の芯の強さが際立った。

 

前回にひきつづき今回も男性陣は場面転換のブリッジで、シリアスに落ち込みそうな空気の流れを和らげるコント的な差し込みが笑いを誘った。閉じ込められた別府は助けを呼ぶ紙を扉の下からだしたにも関わらずひっくり返る。助けられたら助けられたで真紀のおしゃべりの通りにタンクトップになるまでまくられた袖。サルを探していた家森は、棒人間スライドや、軽井沢音頭、そして「ほっとけーき!!!」キックなど。これに追加して有朱の謎のドライビングテクニックが随所に挟み込まれ(真顔でバックしていく有朱の顔が超ツボだった。)、構成の妙が際立っていたように思う。

第5話の後半、「地獄の女子会」から始まった2回半にわたる第2章は真紀の秘密が明らかになったことで幕を閉じたようだ。第6話にはどう着地をつけるのか不安を覚えたが、終わってみればこれまた見事な締め方だ。これでカルテットメンバー4人全員の過去が明らかになり、次回からは最終章で、4人の関係に進展がみられそうだ。過去ではなく、4人の今、さらには未来が見渡せるようになる。思考を刺激してくれるこのドラマに最後までついていく所存である。

カルテット第6話・感想

第一章が第5話(おそらくは前半部分)で終わり、第二章が(おそらくは第5話後半部分)から始まってからカルテットのドラマ性が大きく変わったように見える。

まず、一章はさりげない会話劇や動作が実は伏線としてストーリーの重要なコア部分に関わってくることがおおい。それをぼかしながら見せる、グレーの演出が魅了にあったと思われる。一方で、二章はどうだろう。第5話の有朱(吉岡里穂)の問い詰め、さらに巻夫妻(宮藤官九郎松たか子)の夫婦生活の破たんへの回想などひどく直接的な白黒をつけるための演出となっている。さらに第2章にはいってから、カルテットのメンバーが4人でそろうことがなくなってしまった。最後にそろったのはあの幸せな路上演奏のシーンではないだろうか。それに伴い一章からのこのドラマの魅力であった四人での会話劇もなくなっていることになる。

さて、第6話のメイン、巻夫妻の回想シーンに話を戻そう。ここのシーケンスはなんとえぐい描写なのだろうか。この回想の過程で真紀(松たか子)が今まで漏らしてきた、から揚げにレモン、愛しているけど好きじゃない、などといった夫とのエピソードを幹夫(宮藤官九郎)視点がメインで回収されていくことになっていく。お互いを認め合った夫婦のちょっとしたずれが積み重なっていき、ダムの決壊のように最後に崩壊を引き起こす過程がリアルに描かれている。この夫妻の対比として描かれているのは家森(高橋一生)元夫妻だろう。入院の現場で「寝ているときに掃除機を顔にかけられる」「なんで一日三食食事をするのかと怒られる」といったエピソードは、憂鬱な回想シーンの清涼剤ともなてもいたが、この問題が丸見えの家森夫婦とちがい、巻夫婦の問題は表から見えにくい。でも少しずつのずれが夫婦を確実に壊していくのだ。真紀には悪気はないのだが、詩集を鍋敷きに利用され、好きな映画の共有もできずに、さらに直接的な話し合いもできず、ずれの修正の試みもできなかった非常に不器用な2人が痛い。特に幹夫の不器用さも際立っている。妻との違和感が高まる中での元カノ?の接触にも積極的にのらない。気になっていたのだとは思うのだが、不貞はしない・できないのだ。もしここで元カノに走ることができたら全く別のドラマになるはずだ。

このシーン、夫婦生活5年の自分にとって感情移入なしにみることができなかった。なにがいけなかったのだろうか。もしこの夫婦に子供がいたらどうだろうか。子育てにおける別の衝突があるかもしれないが、子育て事態に集中をすることで夫婦間のちょっとした違和感に気を取られる暇すらないかもしれない。そうした不幸も重なる。ぐさりぐさりと刺さる演出を妻と一緒にみていたが、有朱にバキバキに「夫婦生活は幻想だ」と白黒はっきりと詰め寄られている感覚に襲われていくことになる。

そんなダメージが癒えない中で、その有朱の衝撃のベランダからの落下シーンがでてくる。なんなんだこのドラマは。もう感情移入がはげしくどっぷりはまってしまった。こんなに精神をやられているにも関わらず次が待ち遠しくてしかたない。

 

カルテット第5話

引き続き第5話の感想。今までこのドラマで好きだった他愛もない会話劇からの伏線回収のパターンはほとんど出てこなかったのが少し残念ではあるものの、見終わった後にこのことばかりを考えすぎてしまうほどの、とても濃密でかつジェットコースターのような展開で整理するのが超大変。

 

巻(松たか子)以外の3人の自己紹介が終わったのが前回までで、第五話は前半と後半で全く別の話になっていて、これがこれが第一章と第二章の区切りにもなっているように思われる。前半はコスプレやキャラもので視聴者へのサービスを提供しつつ、音楽家としての現状をあらためて再認識させる展開。しかしここでの軸は巻であり、すずめ(満島ひかり)であった。音楽家としてのプライドをへし折られながらも、立ち向かわせるように立ち直らした楽屋での展開は見事だった。

 

さらに白眉なのは屈辱的な展開のあとの路上ライブのシーン。すごく後味が悪いあとの、笑顔での4人の演奏シーンは多幸感があふれほっこりしたものになっている。個人的にはここのシーンがとてもお気に入りだ。そしてこのタイミングでのタイトルバック「カルテット」・・・ってあれ?ここで時間を確認したらすでに30分すぎている。始まりにしては遅すぎる、終わりにしては早すぎる、実に中途半端な時間だ。そして、ガラッと変わる展開。前半だけでかなり充実していたのだが、実は第五話の本番はここからだったのだ。

 

台風の目は有朱ちゃん吉岡里帆)である。不気味な存在としていままでじわじわと存在感を見せつけていた彼女がついに爆発する。前回、見事なカツアゲを見せていたことでお金によって動く女のイメージを植え付けられた僕たち視聴者は、鏡子(もたいまさこ)との接触をにおわせるだけで何が起きたのかを悟ることができる。なんども見せられてきた見事な伏線だ。そして始まった地獄の女子会。正論をロジカルに無感情にバシバシ巻にぶつけ、さらにはすずめの精神をえぐる。最後に盗聴がばれた時の手のひら返しも見事で、2人の演技派女優に負けていない吉岡のすごさがうかがえる。そして満島の言葉を発しないままで魅せる、あふれ出る感情表現も見事としか言いようがないだろう。

お金で動く有朱が無感情に巻にぶつける正論の数々。。。それはこのドラマのテーマでもある、グレー状態でみんな生きていることを言語化して、人間の生き方をはっきりみせたものである。ただ、その主張は「ネガティブな感情を隠すため」にみんなグレーを利用しているというものに偏っているようにも思える。これに対する巻の回答は得られないまま終わっている。その答えはこの後のドラマで見ることができるのだろう。

 

ということで、見終わった後におなかが一杯になってしまった。情報量が多く、まだちゃんと整理もつかないままにグダグダと書いてしまっているが、今後の展開が楽しみでしょうがない。始まった2章も引き続きついていく所存である。

最高すぎるドラマ「カルテット」が示す大人の条件と、1990年前半の少年アニメの主題歌

ドラマ「カルテット」にドはまりしてしまった。ドラマをこれだけしっかり見て毎週楽しみにするようにしたのはいつぐらいぶりだろう。ドラマをみては、このドラマのえげつないまでの詳細を評するエントリーをかく「青春ゾンビ」さんの記事をみて目から鱗を落としまくった後、さらに録画したドラマを見返すという心地よいサイクルが2017年の頭におきたことはとても幸せに感じている。

2/7の第四話までで登場人物の自己紹介が大体終わった。隠されていた「嘘」についても主役の巻(松たか子)を除く3人の嘘についてはほぼオープンになっている。これからは巻の嘘を軸に展開していくのだろうか。引き続き期待である。

 

このドラマのテーマは「大人」である。番組PRでは「大人の恋」と謳っているようだが、たぶん恋というくくりではこの物語は狭すぎる。「大人の人間関係」とでもいうべきか。4人は大人になりきれなかった人たち。好きな音楽で成功をおさめられず、世間一般がさす「大人」の定義にあてはまれない。2話から4話は3人の嘘を暴きながら、3人が大人になり損じたケースを示していた。

2話、別府(松田龍平)は、一緒にいて楽な女性の突然の婚約発表に焦り、引き留めようとする。女性が自分の知らない間に「結婚」という大人のステップを駆け上がったことにあせり、結婚を申し出るが断られてしまう。

3話、すずめ(満島ひかり)は、親の死に目に会いに行かなくてはいけないという「大人の常識」に直面する。実の父親の死に目には行かなくてははいけないが、その父親が過去におこした人間的に誇ることができない行動、さらには母親にした仕打ちなどがそれを思いとどまらせる。それでも行こうとした寸でで巻によって「行かないことを認められる」という展開が見事だった。

4話、家守(高橋一生)は、別れた妻と子供とのやり直しをはかる展開。特に子供のために責任ある「大人」として、もう一度やり直すと提案するも元妻によって拒否られてしまう。

三者三様で「大人の階段」をのぼり損ねた様子を繊細な描写で描かれている。彼らは常に落ちたりこけたりが多いが、世間一般の立派な大人はなかなかこけないはずである。

 

しかしながらご存知の通り、この作品のテーマにおいて「一般的」で「常識的」な大人であることを善としているわけではなく、むしろ大人になりきれない大人の関係に美しさを描いている。「青春ゾンビ」さんのなかでも詳しいが、何度もしつこく示されている2項対立を際立たせ、かつどちら側を勝ちとするわけではない、灰色の状態でいることを良しとしている。この大人になりきれない大人たちのグレーな状態なコミュニティを土台にして他のドラマには見られない面白さを生み出しているのだ。

 

ようやく本題。このグレーであることの大人でどうしても思い出してしまう歌がある。ここの登場人物と同じ世代の30半ばの自分が子供のころにみていた幽遊白書のOPテーマソング「微笑みの爆弾」である。

都会の人混み 肩がぶつかって ひとりぼっち

果てない草原 風がびゅびゅんと ひとりぼっち

どっちだろう 泣きたくなる場所は

2つマルをつけて ちょっぴり大人さ

 

馬渡松子 「微笑みの爆弾」

子供のころになにげなく聞いていたこの歌詞は大人になるほど響いてくるようになり、さらに「カルテット」で大人を考える上でいつも思い浮かんでしまう。25年以上前に生まれた作品がカルテットのテーマを物語ることができるのではないか。うん、グレーゾーンを作れる人間関係が実は「真の大人の関係」ではないのかと。

 

少年時代、学校で提示される問題は必ずある正解を見つけ出すように勉強をする。もしくはいい子であることが正しいこととしてしつけを受けていく。しかしながら大人になったら正解のない答えを見つけなくてはいけないことに気づかされる。いい子は立場によって大きく変わることが理解できてくる。正解なんぞ存在しないなかでの選択を迫られるのが大人なのだ。

このドラマや少年時代に聞いたアニメの歌詞はさらに踏み込み、その正解すらもはっきり定義せず、グレーであることを大人としていた。場合によっては結論をださないことでスムーズな人間関係を作り出せることも、真の大人の条件となるのではないか。

 

25年以上たってリンクした2つの作品のメッセージが私の感性を非常に刺激された。カルテットはこの先どのように導いてくるのか非常に楽しみである。

一周して尊敬をしてしまう「ねほりんぱほりん」総集編

今各方面で話題になっているNHK Eテレで放送中の「ねほりんぱほりん」。Webで話題になりアンテナにひっかかってはいたものの視聴する時間もなかったのですが、元旦あけに傑作?総集編を6本放送するということで録画をしてやっとこみることができました。テーマは、「プロ彼女」「二次元しか愛せない女」「元麻薬中毒者」「ハイスぺ婚」「転落社長」「議員秘書」など、過去の傑作選。それだけあってどの番組も興味をそそるないようとなっていた。というか私の大好物と言わざるを得ない。

 

www4.nhk.or.jp

 

それぞれの回のゲストはとてもアクが強く、ごくまれに「こいつ死ね」と思うこともあったのだが、最終的にある一点で尊敬の念をもってしまいました。

 

それは、ここにくるゲストの多くは自分の目標をもち、その目標を達成するためにあらゆる努力をして、なおかつその目標を達成している、ということが言えるからです。たとえそれが周りの人からみると滑稽とみえる目標であったとしても、ですが。

すくなくとも彼女らは、同じ目標をもっている仲間内からすれば「成功者」といえるのではないでしょうか。例として、偽装キラキラアカウントでセレブOLを演じるため、すくない上京時の写真を巧みに使いまわしてたくさんのフォロワーを集めて偽装を成功しています。またハイスぺ婚にあこがれるために、お嬢様女子大に入学し、お嬢様の礼儀をみにつけ、相手を研究し尽くす、など、涙ぐましい努力を重ねて成功を収めているのは疑いの余地はないです。

彼女らと自分を比較して、自分の目標の曖昧さ、ゆえにその目標に向かっていく意思の弱さなどが浮き彫り出されてしまった感じがした結果、なぞに尊敬の念を抱くことになってしまいました。

 

一方で感じたのが目標を達成した後の「燃え尽き」感が気になってしまいました。「ハイスぺ婚」でいえば、披露宴の司会の新郎紹介時、「東京大学卒業でー」というところがピークだったと語り、そのあとの結婚生活が満足せず不倫してしまうという始末。目標を達成するまではひたすらそこに向かって走り続けてみたが、いざ達成してしまうと冷静になり、今まで見えなかったものが見えてくる感じなのでしょうか。この様子をみているとなまじ夢など叶えないほうがよいのかなとも思ってしまったり。

 

とにもかくにも、この番組は毎週欠かさずみることを決定しました。ここ最近のNHKの番組構成は目をみはるものがあります。

 

真田丸ラス前。裏主役きりの存在感。

真田丸がとうとう49回を迎え最終回に向けてテンションが高くなっている。いままでともに豊臣方と戦っていた後藤基次木村重成長宗我部盛親らの戦士が描かれ絶望的な状況にたたされている状況の中にある。その暗いムードの中でも決してコメディのテンションを忘れないのが三谷幸喜脚本ならではのできかもしれない。

 

特に今回の長澤まさみ演じる「きり」の存在は光っていた。昔から恋心を抱いていた幼馴染信繁に抱きしめられ「遅い!」、さらにキスをされている最中に「10年前が一番きれいだったんだから!」。通常は長年の恋が実るというロマンチック全開、さらに決死の覚悟の前夜というシリアスなシチュエーションにこの堂々たるウザ女ぶり、さすがとしか言いようがない。

 

思えばこの真田丸においてきりの役割は大きかった。史実という枷のある中で、信繁や真田一派をあっちこっちの歴史的なシーンに立ち会わせることはできない。その中で資料が少ないという意味で比較的自由にうごけるきりを使って様々な歴史的なシーンに立ち会わせ、結果、そのイベントを真田とのつながりを大きくさせている。まさに裏の主役という役割といっても過言ではないのではないのだろうか。

 

さらにきりの役割はシリアスな歴史的な悲劇に立ち会わせ、そのウザキャラを存分に発揮させ、暗くさせすぎないという効果をあたえた。例をだすと、橋本マナミ演じる細川ガラシャの壮絶な最期。石田三成の人質になるぐらいならばと死を選ぼうとするガラシャを必死で逃がそうとするきり。腕を持ち上げて必死に引きずるという緊迫のシーンに一言「意外と重い!」。もう笑わずにはいられない。

 

このように今回の真田丸におけるきりの役割は非常に大きかった。そのウザキャラにイラッとし、シリアスなシーンをも和ませ、さらに締めるところはきっちり締める。非常に大きな役割を果たしたといえるのではないか。

1982年生まれを並べて考える

最近同い年の34歳のニュースをよく聞く。まずはDMM.comの新社長に内定した片桐氏。

nlab.itmedia.co.jp

 

そんで、衝撃の芸能界引退を発表した成宮寛貴さん。

headlines.yahoo.co.jp

 

34歳。若くもなくかといって老いているわけでもないこの世代にどんな同級生がいたのか気になってしまいWikipediaで調べてみたよ。本当は4月からかもしれないけど、1982年うまれで絞らさせていただきます。

 

ジャニーズでも人気のグループのなかでさらにグループ内で一番メディア露出が多いこの二人ですか!そしてこの2人が一日違いっていうのも興味深いですね。

 

特にコメントなし。すんまそん!

 

どうしてなんだよぉぉぉぉぉぉぉぅぅぅっっ!

 

ウルトラソゥル!!いぇぃ!

 

コナン君の新ED、なにげに好きです。

 

この子は年をとればとるほど魅力が増しますね。それじゃぁバイバイ

 

そろってすげぇ年上かと思ってた。へぇ、まだ33・34なんすか!

 

というわけでそうそうたるメンバーでした。輝いている彼らたちを胸にがんばらなあかんと褌を締め直させていただきました。