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オルソケラトロジー 体験期その1「検診とお試し版」

身体

三十年以上、メガネ生活をしていたが、思うことがあり、ここにきてオルソケラトロジーという視力矯正方法をやってみることにした。

この強制方法は夜に特殊なコンタクトレンズをつけて就寝すると、コンタクトが角膜の形を変形させて、うまく焦点があうような癖がつき、翌朝目がよくなっているいうもの。癖をつけるだけなので日数がたつと元に戻ってしまうというもの。

ネットで病院の評判を確かめて電話の受け答えがよかったところに予約。初日は目の検診をして適用可能かの確認とお試し版のコンタクトをつけて使用具合を体験する。

 

受付で名前を述べて問診票に記入した後、しばらくすると目の検査のために呼ばれる。これらは健康診断で行われるような焦点や、眼圧などに加えさらに特殊な検査もあった。おそらく角膜の状況を確認したりなどがあった。さらにCの字を使った視力検査をおこなう。

自分の場合は裸眼で両目とも0.1をかろうじてキープ。度数でいえばD-3.0よりちょっと悪いくらいで、「中度の近視」に分類されるとのこと。乱視はほぼなかった。オルソケラトロジーは視力が悪すぎると効果があまり期待できないということで私の視力は適用範囲内にはなるようだ。角膜はきれいといわれた。

その後、お医者さんの検診、オルソケラトロジーの説明となった。Webで情報は読み漁っていたのでとくにサプライズはなく、すすめていくことができた。

その後いよいよお試し版のコンタクトの試着だ。担当の方に装着をしてもらう。これまでコンタクト歴がほぼないので、いきなりハードは異物感が大きく、まず目が開かことが難しい。視線を動かすたびに不快な感覚が呼び起こされる。装着後しばらくは目をつむる。しばらくして慣れてきて、携帯をみるために視線を下に落とすのはなんとかできたが、でも視線を動かすとつらい。この状態でもう一度お医者さんの検診をはさみながら一時間の待ち。

一時間後、再度お医者さんの検診。とりあえずコンタクトがずれたりとかの問題はないもよう。さらにコンタクトを外した状態の目の検査と視力検査がはいる。視力検査の結果、0.1=>0.2~0.3程度に上昇。本来なら就寝中の6-7時間でもっとしっかり癖をつけるのだが、1時間程度ならばこんなものだろう。たしかに装着前の裸眼より見えやすくなっているのは感じたのだが、劇的に、というわけではなかった。

とりあえず効果も確認ができ、適用に不安も少ないようなので、そのまま購入を依頼することにする。通常3-4日で自分のコンタクトが届くというので、その後定期的に検診をしながら使用をすすめていく。

裸眼生活がうまくいくとよいなー。

カルテット第8話

TV

すごい、衝撃の第6話にも勝るとも劣らない怒涛の大展開である。真紀(松たか子)が鼻歌で歌っている謎の曲がまさにこの第8話の展開だったのではないだろうか。

 

「上り坂~♪ 下り坂~♪ そうね、人生はまさか~」

 

真紀の離婚が成立して日常が戻ったにおもえるカルテットの新章(そして最終章)が始まった。その新章、主人公はすずめ(満島ひかり)であった。思いを寄せる別府(松田龍平)の負担になるまいと新しい職を探し、働き始める。そのシーケンスの多幸感たるや!おじいちゃんたちに囲まれて楽しそうに仕事をし、笑顔で街を歩く様子は、まさに今回の上り坂の境地といっていいであろう。

一方で、思いを寄せる別府と、共同生活を通して慕うことになった真紀とをくっつけようと翻弄する。2人っきりでコンサートに行くように仕向ける。一方で自分の思いを一生懸命ひた隠しにする感覚が涙を誘う。夢の中で別府とデートをするすずめ。一筋の涙で目覚める彼女。割り切ろうとしても割り切れないのが片思いなのだ。家森(高橋一生)の言葉が確信をつくのだ。「片思いは夢」「別府君と真紀さんが仲良くなるのをみるのが嫌でこの家でていこうとしているんでしょ?」。そしてコンサートからでてくる2人を陰から見送り涙をこぼすすずめ。満島の幸せと寂しさを混ぜた表情がなんと秀逸なことか。気持ち的には下り坂になっていく。

そして最後の「まさか」だ。いや、どういうことよ。早乙女真紀ではないって!?全開でサスペンス要素もひと段落化と思ったらまだまだサスペンスじゃあない。もー、最後まで目が離せないじゃないか。残り2話、全力でついていくよー!

フジテレビと日テレの間にある編集力の差

TV

togetter.com

 

フジテレビ、独自の編集力を発揮してうらめパターンがでてきた。そもそもこの投稿動画は同じディスニーの「インサイド・ヘッド」の日本版で独自につけたしたことでおおきな不評を買っていた手法で、こうした最近の失敗をいかせていないのか、余計なことをすることでどこかの力のある部署への仕事量を増やす必要があるのかわかりませんが、全体的にフジテレビはいけてねぇという印象をダメ押ししてしまった。

 

togetter.com

 

かつて視聴率を競っていた日本テレビとフジテレビは、最近は明暗が大きくなっているが、その大きな理由は編集力の差だと思っている。日テレのバラエティは、テレビ慣れしていない一般人がでてくる番組や、芸人が多少滑っても、ナレーションでシュールにつっこみをいれることで全体的に笑えるつくりにしている。これは番組全体をきちんとどうとるというコンセプトの大枠がはっきりしているからこそ、それぞれのちっちゃなモジュールの枠組みを安定して編集できているからと分析している。そしてフジテレビにないものはこれだと思われる。ばんぐみの大枠がだれも見通せないまま、はやりもの、おもしろい(そう)なこと、大物芸能人をとりあえず組み立てるので全体がぐらついている。結果編集も素材を生かせなかったり、今回みたいにやらなくてもよいことをやってしまっていると考えている。

 

 

反復性肩関節脱臼の手術記録

手術

20歳前後の時にバスケットで左肩を脱臼して以来、左肩に脱臼癖がついてしまった。左腕を上にあげてそのまま後ろに回そうとするとはずれるのだ。

癖になってからその角度に行かないように気を付けて生活をしているのだが、油断をしたときにはずれてしまう。服を着替えるとき、腕を上げて寝るとき、生活に制限事項がでてくる。これだからスポーツも難しい。ジャンプが発生するスポーツはNGだし、水泳もだめだ。

ただ、癖になってしまった故、自分で治し方も熟知している。入りやすいように気を付けのポーズをすると2~3分でもとに戻る。元に戻ってしまうためにこれまで医者のお世話になることがなかった。

しかし30も半ばになって手術をしてなおしてやろうという決心をした。この先、運動をしたくなった時にこの制限のある方では純分楽しめない。年をとればできることも少なくなってくるので、ここらで重い腰をあげた。

 

いままでも事前にWebで検索はしているので手術方法も頭にいれて病院に向かった。肩の皿の土手部分が腕の骨をせき止められないバンガート病変、と自己診断をしていたが、まさにその通りのようだった。レントゲン検査の結果、脱臼癖に特有な骨には大きな欠けはみられない。CTでもう一度確認をとると脱臼で抜けた腕側の骨にくぼみがみられるとのことだ。脱臼をして少し削れてしまったようだ。

医者の説明をうけ、手術の日程の都合を合わせる。少し先にはなるが、5月のGWの最中にした。

手術はバンガート修復術。肩に3,4個穴をあけてカメラを通しながらはがれてしまった肩の筋を縫い合わせるものらしい。傷口も少なく、入院も4日程度でよいらしいが、リハビリで完全復活まで4~6か月かかるとか。うーむつらいが仕方ない。

せっかくなのでこの手術の記録を残していきたいと思う。

カルテット第7話

TV

過去の回想だった衝撃の第6話の続きで、巻夫妻(宮藤官九郎松たか子)の時間が現在にもどり、さらに一年間止まっていた夫婦の時間が動き始める。しかも再起動後の最初の共同作業は死体(実はピンピンしている有朱(吉岡里帆))を一緒に捨てに行くという展開だ。

印象深いのは真紀(松たか子)の変わらない幹生(宮藤官九郎)への想いだ。突然出くわした旦那に対して、ちょっと離れた瞬間に、ふっと鏡をみては髪を整え口紅をいれる。さらには殺人をしたとしている夫の逃亡を促し率先してついていこうとする。「つまんない私の人生などどうでもいい」という言葉の通り、幹生によって人生が充実した様子がわかる。最後シーンですずめ(満島ひかり)に話したように真紀にとっての幹生「つまらないものを面白いっていう面白い人」だったのだ。ちなみにこの言い回しは第1話の「はっきりしない人にははっきりしない、はっきりとした理由がある」に通ずるものがある。

 

第6話で残酷までにすれ違っていた2人の関係だが、こうした真紀の一途さを受け止められない幹生にだけ原因があるようには描かれていないのがカルテットの絶妙なバランス感覚といえる。久しぶりに2人の家に戻り、食事をする。幹生が話をしようとする瞬間に柚子胡椒をとりに台所に向かい、ワインをすすめる。1年ぶりに最愛の人に出会えた真紀だがマイペースなズレを修正できない。(幹生もから揚げレモン問題のように自分の意見を主張できない)。ああ、やっぱりズレてしまう夫婦なんだな、と視聴者にみせてからの、離婚届の提出(&出頭)である。

さらに注目すべきは真紀をすずめが別荘に帰らそうするシーン。第3話の蕎麦屋のシーンがよみがえる。同じシャンプーの匂いが弱いきずなの家族を打ち破らせた第3話だったが、今回はそのシャンプーの匂いでも夫への強い想いに勝つことができなかった。「抱かれたいの」という一言ですずめを諦めさせた、真紀の芯の強さが際立った。

 

前回にひきつづき今回も男性陣は場面転換のブリッジで、シリアスに落ち込みそうな空気の流れを和らげるコント的な差し込みが笑いを誘った。閉じ込められた別府は助けを呼ぶ紙を扉の下からだしたにも関わらずひっくり返る。助けられたら助けられたで真紀のおしゃべりの通りにタンクトップになるまでまくられた袖。サルを探していた家森は、棒人間スライドや、軽井沢音頭、そして「ほっとけーき!!!」キックなど。これに追加して有朱の謎のドライビングテクニックが随所に挟み込まれ(真顔でバックしていく有朱の顔が超ツボだった。)、構成の妙が際立っていたように思う。

第5話の後半、「地獄の女子会」から始まった2回半にわたる第2章は真紀の秘密が明らかになったことで幕を閉じたようだ。第6話にはどう着地をつけるのか不安を覚えたが、終わってみればこれまた見事な締め方だ。これでカルテットメンバー4人全員の過去が明らかになり、次回からは最終章で、4人の関係に進展がみられそうだ。過去ではなく、4人の今、さらには未来が見渡せるようになる。思考を刺激してくれるこのドラマに最後までついていく所存である。

カルテット第6話・感想

TV

第一章が第5話(おそらくは前半部分)で終わり、第二章が(おそらくは第5話後半部分)から始まってからカルテットのドラマ性が大きく変わったように見える。

まず、一章はさりげない会話劇や動作が実は伏線としてストーリーの重要なコア部分に関わってくることがおおい。それをぼかしながら見せる、グレーの演出が魅了にあったと思われる。一方で、二章はどうだろう。第5話の有朱(吉岡里穂)の問い詰め、さらに巻夫妻(宮藤官九郎松たか子)の夫婦生活の破たんへの回想などひどく直接的な白黒をつけるための演出となっている。さらに第2章にはいってから、カルテットのメンバーが4人でそろうことがなくなってしまった。最後にそろったのはあの幸せな路上演奏のシーンではないだろうか。それに伴い一章からのこのドラマの魅力であった四人での会話劇もなくなっていることになる。

さて、第6話のメイン、巻夫妻の回想シーンに話を戻そう。ここのシーケンスはなんとえぐい描写なのだろうか。この回想の過程で真紀(松たか子)が今まで漏らしてきた、から揚げにレモン、愛しているけど好きじゃない、などといった夫とのエピソードを幹夫(宮藤官九郎)視点がメインで回収されていくことになっていく。お互いを認め合った夫婦のちょっとしたずれが積み重なっていき、ダムの決壊のように最後に崩壊を引き起こす過程がリアルに描かれている。この夫妻の対比として描かれているのは家森(高橋一生)元夫妻だろう。入院の現場で「寝ているときに掃除機を顔にかけられる」「なんで一日三食食事をするのかと怒られる」といったエピソードは、憂鬱な回想シーンの清涼剤ともなてもいたが、この問題が丸見えの家森夫婦とちがい、巻夫婦の問題は表から見えにくい。でも少しずつのずれが夫婦を確実に壊していくのだ。真紀には悪気はないのだが、詩集を鍋敷きに利用され、好きな映画の共有もできずに、さらに直接的な話し合いもできず、ずれの修正の試みもできなかった非常に不器用な2人が痛い。特に幹夫の不器用さも際立っている。妻との違和感が高まる中での元カノ?の接触にも積極的にのらない。気になっていたのだとは思うのだが、不貞はしない・できないのだ。もしここで元カノに走ることができたら全く別のドラマになるはずだ。

このシーン、夫婦生活5年の自分にとって感情移入なしにみることができなかった。なにがいけなかったのだろうか。もしこの夫婦に子供がいたらどうだろうか。子育てにおける別の衝突があるかもしれないが、子育て事態に集中をすることで夫婦間のちょっとした違和感に気を取られる暇すらないかもしれない。そうした不幸も重なる。ぐさりぐさりと刺さる演出を妻と一緒にみていたが、有朱にバキバキに「夫婦生活は幻想だ」と白黒はっきりと詰め寄られている感覚に襲われていくことになる。

そんなダメージが癒えない中で、その有朱の衝撃のベランダからの落下シーンがでてくる。なんなんだこのドラマは。もう感情移入がはげしくどっぷりはまってしまった。こんなに精神をやられているにも関わらず次が待ち遠しくてしかたない。

 

カルテット第5話

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引き続き第5話の感想。今までこのドラマで好きだった他愛もない会話劇からの伏線回収のパターンはほとんど出てこなかったのが少し残念ではあるものの、見終わった後にこのことばかりを考えすぎてしまうほどの、とても濃密でかつジェットコースターのような展開で整理するのが超大変。

 

巻(松たか子)以外の3人の自己紹介が終わったのが前回までで、第五話は前半と後半で全く別の話になっていて、これがこれが第一章と第二章の区切りにもなっているように思われる。前半はコスプレやキャラもので視聴者へのサービスを提供しつつ、音楽家としての現状をあらためて再認識させる展開。しかしここでの軸は巻であり、すずめ(満島ひかり)であった。音楽家としてのプライドをへし折られながらも、立ち向かわせるように立ち直らした楽屋での展開は見事だった。

 

さらに白眉なのは屈辱的な展開のあとの路上ライブのシーン。すごく後味が悪いあとの、笑顔での4人の演奏シーンは多幸感があふれほっこりしたものになっている。個人的にはここのシーンがとてもお気に入りだ。そしてこのタイミングでのタイトルバック「カルテット」・・・ってあれ?ここで時間を確認したらすでに30分すぎている。始まりにしては遅すぎる、終わりにしては早すぎる、実に中途半端な時間だ。そして、ガラッと変わる展開。前半だけでかなり充実していたのだが、実は第五話の本番はここからだったのだ。

 

台風の目は有朱ちゃん吉岡里帆)である。不気味な存在としていままでじわじわと存在感を見せつけていた彼女がついに爆発する。前回、見事なカツアゲを見せていたことでお金によって動く女のイメージを植え付けられた僕たち視聴者は、鏡子(もたいまさこ)との接触をにおわせるだけで何が起きたのかを悟ることができる。なんども見せられてきた見事な伏線だ。そして始まった地獄の女子会。正論をロジカルに無感情にバシバシ巻にぶつけ、さらにはすずめの精神をえぐる。最後に盗聴がばれた時の手のひら返しも見事で、2人の演技派女優に負けていない吉岡のすごさがうかがえる。そして満島の言葉を発しないままで魅せる、あふれ出る感情表現も見事としか言いようがないだろう。

お金で動く有朱が無感情に巻にぶつける正論の数々。。。それはこのドラマのテーマでもある、グレー状態でみんな生きていることを言語化して、人間の生き方をはっきりみせたものである。ただ、その主張は「ネガティブな感情を隠すため」にみんなグレーを利用しているというものに偏っているようにも思える。これに対する巻の回答は得られないまま終わっている。その答えはこの後のドラマで見ることができるのだろう。

 

ということで、見終わった後におなかが一杯になってしまった。情報量が多く、まだちゃんと整理もつかないままにグダグダと書いてしまっているが、今後の展開が楽しみでしょうがない。始まった2章も引き続きついていく所存である。